最上 峰行氏 インタビュー

東京交響楽団オーボエ&イングリッシュホルン奏者として。また、ドラマや映画のレコーディングなど、幅広くご活躍中の最上峰行氏に、マリゴとの出会いやリードなどについてお話をうかがいました。
- インタビュー・テキスト:舩津美雪
- 会場:ノナカ・アンナホール
オーボエとの出会いは突然に
何をきっかけに音楽を始められたのでしょうか?
ロサンゼルスオリンピックのファンファーレで金管楽器のカッコ良さにしびれて、小学校の金管バンドでトランペットを始めました。その後、中学で吹奏楽部に入ってチューバを担当していたのですが、2年生の時に顧問の先生から呼び出されて、「来年オーボエのある曲をやりたい。お前部長だからオーボエをやらないか?」と…

そんな突然の話だったんですか!?
そうだったんです。でもいざ吹いてみると、チューバとは違ってメロディーを演奏する楽しさや、1人しかいない存在感の特別さを実感して、オーボエの楽しみを知りました。
高校は学区で1番の進学校である男子高に進んだのですが、大人びた集団にだんだんついていけなくなって…学校に行かなくなってしまいました。
でもオーボエの練習だけはしていて、プロになりたいと思い始めていました。
強い思いが芽生え始めていたんですね。
そんな頃、テレビCMで流れていた宮本文昭先生の演奏に出会いました。
「オーボエはこんな音がするのか!いつかこの人の隣で吹きたい…」その気持ちが全ての始まりでしたね。
インターネットなんてない時代ですから、東京の楽器店に電話をして「宮本さんの楽器はなんですか?」と聞いたら「マリゴです」と教えてもらいました。それが初めてマリゴを知った瞬間でした。
宮本先生との出会いは、あまりに衝撃的だったんですね。
音大受験を決意して高校を中退して大検を取りました。
そして、宮本先生が桐朋学園大学で教えているという噂を聞いて受験しました。
でも、ちょうど入学のタイミングで宮本先生はドイツに戻られて、蠣崎耕三先生が着任されたんです。
なんてこと…!これまた衝撃的な展開です。
宮本先生には「蠣崎君にちゃんと習って勉強しなさい」と言っていただきました。
蠣崎先生にとって僕は桐朋で一年生から受け持つ最初の弟子で、「とにかくコイツを仕事ができるようにするのが自分の役目だ」と思ってくださっていたそうです。
それは緻密なレッスンで、自分で吹いていては気付けない音の凸凹やフレーズのことなどを細かく指摘していただきました。

宮本先生から繋がった良い出会いだったのですね。
蠣崎先生の音を初めて聞いた瞬間のことは、とても印象に残っています。
レッスン中に当時吹いていた僕のリグータを吹いてもらったんです。
空気の音が聞こえてくる、声楽家の声のような美しい音でした。
決して諦めなかったフリーランス生活〜東響への入団
その後、東京交響楽団に入団される2009年まで、フリーランスとしての活動期間が長かったかと思います。
本当は宮本先生のようにジャズやフュージョン系の音楽もやりたくて、宮本先生に相談したことがあったんです。でも先生からは「オーボエはクラシック音楽の楽器だから、まずはオーケストラに入団してクラシックを勉強しなさい」とアドバイスをもらいました。

いろいろなジャンルで活動されている先生からの重みのあるお言葉ですね。
あの当時にヨーロッパのメジャーオケで首席奏者を務めていらっしゃったという、日本のオーボエ界にとって特別な存在である宮本先生の言葉は大きかったですね。
そこからオケがもっと大好きになって、諦めずに取り組むことができました。
東京交響楽団のオーディションに合格した年は、サイトウ・キネン・オーケストラに呼んでいただいた後のオーディションでした。そこでとても良い経験をさせていただいて、その良い状態そのままでオーディションに挑むことができました。
フリー時代は、首席奏者としての活動機会が多かったと伺いました。
そうなんです、いろいろなオケでゲスト首席として演奏させてもらいました。
でも東響に2nd&EH奏者として入団してから今まで、人間的に沢山成長させてもらえたと思っています。
オーボエの首席というのはオケの顔であり、オケ全体を引っ張っている役割でもあります。
それと違って2nd奏者というのは、首席奏者の演奏に寄り添い、支えたり、オケ全体のハーモニーを操るなどいろいろな役割を担っています。でも決して目立ってはいけないという…。なのにEHは首席奏者と同じようにソロもしっかり吹かなくてはいけない。
音楽の本質的なことやオケの楽しさを考えた時に、このポストが自分に与えられた役割なんだと感じて、首席奏者を目指すことは辞めようと思うタイミングがあったんです。
それをきっかけに、仕事が広がりました。
最上さんの活動の幅広さは、そんなところから来ているんですね。
今はレコーディングの仕事もたくさんさせていただいていますね。
全国各地に自分の音が届くことは、本当にありがたいことです。
テレビやラジオからオーボエの音が聞こえると、一瞬でこれは最上さんの音だ!と分かります。
嬉しいことですね〜。
こだわりのポイントは、響き方、音質です。
僕にとっての“良い音”の定義は、1音でハッとさせられるかどうかです。
いわゆる劇伴音楽(映画やドラマ、CMの音楽)では、大事なシーンでオーボエが使われることが多いです。良い作曲家はオーボエの特徴を分かってくれていますから、せっかくなら、映像と一緒にオーボエの音でよりハッとさせたい。
僕に声をかけてくださる作曲家の方々はそこに期待してくれているんだと思うので、しっかり応えたいと思っています。

憧れのオケの音=マリゴ
楽器の遍歴を教えてください。
受験の時はリグータを吹いていましたが、大学に入学してからは宮本先生の影響でLFシュプリンガーに変えました。そのままオケに入るまで、長くシュプリンガーを吹いていました。
でも入団したオケの中で、久しぶりに2nd奏者として演奏していて、もっと柔らかく吹きたいとか和声に溶け込みたいという気持ちが出てきて、蠣崎先生の薦めもあってマリゴに変えることにしました。
やっぱり、マリゴの音は良いんですよね。僕にとっては膜があるというか、シャーという細かな振動があるというか…このマリゴの音色は、オケの中でこそ生きると思います。
僕も含めて昔のドイツのオケに憧れている人は、マリゴ以外の選択肢がないのかもしれません。フランクフルトやケルンで演奏されていた時代の宮本先生も、テレビで見ていたN響の北島章さんや茂木大輔さんも、そして蠣崎先生も、みんなマリゴ…
憧れと理想がそこに残っているから、僕自身もその選択になったのかもしれませんね。

自然とマリゴの音色が染み付いていたんですかね。
僕が愛していたオケのオーボエの音=マリゴだったのかもしれないですね。
日本のきっちり正確な感じとは違って、フランスの良い意味でのいい加減さなのか、ポリシーはきっちりあるけれども少しルーズな…その曖昧さも良いのかもしれませんね。
街中のマルシェで身体の大きくてにこやかなおばちゃんが野菜を売っているような大らかさとでも言うのかなぁ…マリゴの息の反応には、そんな人間味のある温かさを感じるんですよね。
そこに重きを置いている人にとっては、譲れない魅力なんだと思います。
マリゴも複数所有されているそうですね。
ずっとフルオートシステムの910を吹いていますが、譲っていただいた伝説の14000番台も含めて何本もコレクションしています。実はセミオート吹けないのにM2も持っています(笑)。
もちろん今の楽器はいろいろ改良されていて、とても扱いやすくなっていますが、昔の楽器には不完全な部分があって、それがまた何とも面白いと思っています。まだ自分でどうにかする余地があるというか…昔の時代への憧れを抱きながら吹きこなしていく楽しみと喜びがありますね。

イングリッシュホルンも、マリゴを吹かれていますよね。
そうです、入団した時には自分の楽器を持っておらず、そのタイミングで購入しました。
僕は長年フルオートの楽器を吹いていて、セミオートのEHを吹くのに難儀していたところ、たまたまノナカにフルオートのEHが2本入荷されたんです。そのうち1本を蠣崎先生が、もう1本を僕が購入しました。それ以来14年間ずっとこの楽器を吹いています。
マリゴのEHの特徴は何でしょうか?
オーボエと同じように、やはりマリゴらしい温かい音がします。
メロディーでの繊細な表現力やハーモニーでの溶け込みやすさは抜群です。
最初は手元では輪郭が柔らかくて物足りなさを感じていたのですが、客席で聴いてもらうと「豊かな太い響きになっている」と言われてビックリしたんです。録音を聴いてもしっかり聴こえている。自分の手応えよりもホールの隅々までしっかりと音が届いているんですよね。
マリゴの社長に直談判して作ってもらった透明オーボエ
ぜひ透明な楽器についてもお聞かせください!
アルトグラス素材の910、キーは銀メッキで仕上げてもらっています。
2015年に東京で開催されたIDRSでマリゴの社長に直談判して、作ってもらいました。
アーティストのサポートでライブ会場などでよく使っています。

あまりに印象的な見た目で、映えますね〜!
この見た目のインパクトは、何にも変えられないですね!
でも楽器としても抜群に良いですよ。素材は違いますが、やっぱりマリゴらしい音がする素敵な楽器です。細部まで美しく、職人技が詰め込まれた芸術品ですね。
こだわりの音色を“生み出す”
ぜひリードについても教えてください。
チューブは長年46mmのノナカチューブ一択です。
僕にとってはフレンチチューブは華やかすぎて、生粋のドイツチューブが好みです。
凝縮されて密度が高い音というのが今の若い世代の主流のイメージですが、僕は体積が広い太い音を理想としています。
それがこだわっている音の艶であり、ほしいのは空気を感じる質感ですね。マリゴは広いキャパシティでそれを受け止めてくれる気がしています。

一貫してこだわられている、最上さんらしさを生む音色ですね。
コンクールやオーディションを聞いていて思うのは、マリゴにはマリゴらしい響きはありますが、プレイヤーそれぞれの個性も聞こえてきやすいんです。
音程も例えぴったりでなくても、透明な羽やヴェールを感じるような良い響きがあるので、皆と合うんですよね。プロがこだわるべきポイントかなと思います。
2nd奏者の役割と学び
オーケストラ奏者を目指している若い方や、オケでの演奏を楽しまれている皆さんにメッセージをお願いします。
オーボエの2ndパートは、若い人が駆け出しで担当することも多いですが、実は愛が必要な大事なポジションです。オケではそれぞれ役割があり、支える魅力を実感し、人間として成長させてもらいました。首席を目指していた時には気付けなかった事が沢山あります。
一緒に演奏するからこそ、仲間に対してまずはリスペクトをもって音楽を奏でたいと思いますし、その大切さを若い人達には伝えていかなくていけないなと思っています。温もりのある響きを皆で一緒に作りたいと思って吹いていたから、マリゴという選択になったのかもしれませんね。

最上 峰行
福島県南相馬市生まれ。桐朋学園大学音楽学部中退。オーボエを鈴木繁、似鳥健彦、蠣崎耕三、宮本文昭の各氏等に師事。
第69回日本音楽コンクール・オーボエ部門第3位。これまで小澤征爾音楽塾、サイトウキネンオーケストラ、宮崎国際音楽祭等に参加する他、国内主要オーケストラへゲスト首席奏者として参加。ソリストとしてプラハ国民劇場管弦楽団、東京交響楽団、のだめオーケストラ等と共演。
またスタジオミュージシャンとしてドラマ、映画のレコーディングに多数参加し、「題名のない音楽会」「EIGHT-JAM」「激レアさんを連れてきた。」「クイズプレゼンバラエティー Qさま!!」等のTV番組にも出演。
現在、東京交響楽団オーボエ&イングリッシュホルン奏者。桐朋学園大学音楽学部非常勤講師。ARCUS、クインテット・アッシュ、エロイカ木管五重奏団、各メンバー。
【使用楽器:Marigaux Oboe 910/Marigaux English Horn 940】