ファビアン・トゥアン氏 来日インタビュー
2024年5月、東京・静岡での演奏会のために来日した サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団 首席オーボエ奏者 ファビアン・トゥアン氏。リサイタルの合間に氏や使用楽器であるマリゴM2についてインタビューを行いました。
- インタビュー・テキスト:今泉晃一
- 通訳:舩津美雪
- 会場:ノナカ・アンナホール
オーボエの楽しさは、自分自身の手でレゴブロックを作る楽しさと似ている
日本でインタビューを受けるのは初めてかと思いますので、まずオーボエを始めたいきさつからお話いただけますか?
オーボエを始めたのは「たまたま」なんです。僕が生まれたのはフランスの北西のメスという町で、音楽の先生がボランティアで子どもたちにソルフェージュやリコーダーを教えていました。リコーダーを1年吹いた後、何の楽器を吹くか決めることになったのですが、先生に「オーボエをやってみたら?」と勧められたのが9歳のときでした。多分、クラリネットやフルートはすでに生徒がたくさんいたけれど、オーボエは2人しかいなかったからだと思います。
オーボエあるあるですね。
C’est la vie !(セラヴィ!)そんなものですよ(笑)。
その2年後に地元の音楽学校に入って本格的にオーボエを習い始めました。そこでは「オーボエバンド」というスタイルで、オーボエダモーレ、コールアングレも入って合奏をしていました。今思えば、それが教育的にもよい経験だったと思います。さらにはオーボエバンドで演奏旅行などもしていたので、まさに「音楽家の生活」を経験できました。飛行機で移動するのも音楽家の仕事のうちですからね(笑)。
たまたま始めたオーボエを今に至るまで熱心に続けたのは、どこに魅力を感じてのことですか。
もちろん音の響きが好きだったということはあります。それから、僕は珍しいタイプかもしれませんが、リードを作ったりといろいろと手がかかるところも好きな要素でしたし、楽器の複雑なメカニズムを使いこなして演奏することも魅力に感じました。自分自身の手でレゴブロックを作る楽しさと似ているのかもしれませんね。
これまで特に大きな影響を受けた先生といえば?
ジャック・ティス先生はオーボエのテクニックの基本や音楽の基礎を教えてくれた方で、外すわけにはいきません。それと並んで自分にとってもっとも影響が大きかったのは、ジャン=ルイ・カペザリ先生ですね。カペザリ先生は「楽器を吹くことの意味」「音楽を演奏することの意味」を精神的な側面から教えてくれました。そして僕が先生と共通する考えを持っていたからこそ、後にアシスタントとしてリヨン国立音楽学校に僕を招いてくれたのだと思います。
カペザリ先生はパリの音楽界にあるピラミッド構造の外にいる、いわば「異端児」なんです。従来のフォーマットにはまっていないからこそ、自ら「考える」とか「感じる」ということに重きを置いていて、そこから来る音楽へのエネルギーのようなものを学ぶことができました。
今や僕は「ファビアーノ・トゥアンド」です
トゥアンさんはその後ミラノ・スカラ座や現在のサンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団など、主にイタリアのオーケストラでキャリアを築いてきました。
イタリアのペトリトリで行われた国際音楽コンクールを受けたときに審査員にフランチェスコ・ディ・ローザがいて、「ミラノ・スカラ座が首席奏者を探しているんだ」という話を聞きました。それまではドイツに行きたいと考えていたのですが、「ミラノ・スカラ座のオーディションを受けてみないか」と言われて人生が変わりました。実際に2003年からミラノ・スカラ座の首席を、そして2022年からはサンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団の首席を務めることで、偉大な指揮者や歌手と出会うこともでき、充実した音楽人生となっています。
しかし、フランスで勉強してきたことと勝手が違うこともあったのでは?
最初はショックを受けましたよ(笑)。フランスはテクニック的に、音楽的に正しいことを重視しますが、イタリアではもっと寛容で音楽のエネルギーを重視しますからね。まあ、すっかりイタリアのやり方に慣れてしまい、今や僕は「ファビアーノ・トゥアンド」(ファビアン・トゥアンのイタリア語読み)ですよ(笑)。
現在、スイスのローザンヌ音楽院で教えているのですね。
カペザリ先生の後を引き継いだ形です。生徒には、限られた時間の中でどう音楽に取り組むかということをよく指導しています。また、メスの時代に自分が経験したオーボエバンドをここでも行ない、この夏にはコンサートを開く予定になっています。
生徒は世界中から集まっているのではないかと思いますが、どんな楽器を使っているのでしょうか。
韓国、スペイン、ポルトガル、フィンランドなど各地から集まってきていますが、楽器は1人を除きみんなマリゴですね。別に僕が薦めているわけではありません(笑)。やはり世界中でマリゴがひとつのスタンダードとなっていることは事実なのです。国際コンクールやオーケストラのオーディションを受けることを考えても、マリゴの持つ音や響き、演奏の自由さ、そして何より確実性がとても大事な要素になりますからね。
音の遠達性が高く、コントロール性に優れる楽器、M2
トゥアンさんがマリゴを吹くようになったのは?
4年ほど前からです。それまでは他のメーカーの楽器を使っていましたが、周りが全員マリゴを吹いている状況で「どうしてお前はマリゴにしないんだ?」と言われることがよくありました(笑)。それでマリゴM2を試し、音程のよさ、響きなどが気に入ったので持ち替えることにしました。それまでは指揮者に「もっと吹いて」と言われることがよくあったのですが、M2にしてからは言われなくなりました。これは音の遠達性が高いからだと思います。こういうところが、オーケストラで吹くにはとても大切になります。それから比較的リードを選ばないので、仕事がたくさんあるときに対応しやすくなりましたね。
マリゴの中でもM2を選んだのはどうしてですか。
「音程のコンパクトさ」でしょうか。つまり、たとえば低い音から高い音に跳躍するときの距離感が小さく感じる。オーケストラで様々なフレーズに対応しなければならないときに、そのコンパクトさはとてもありがたいのです。
「比較的リードを選ばない」という話がありましたが、現在どんなリードをお使いなのですか。
あくまで僕の場合ですが、今の楽器にはキアルージの2+という少し太めのものを使っています。ケーンはシャンタンのRC15を使っていますので、全体としてスタンダードよりも大きめのリードとなっています。その代わり、M2のヘッドジョイントを「S」という短めのものにしてバランスを取っているのです。
いずれにせよリードにそれほど神経質にならないで済むのはありがたいことです。何しろ今ここにあるリードも「最高」ではなく「悪くはない」ものばかりですからね(笑)。最高のリードなんてないんですよ。C’est la vie! まあ、オーボエ人生はそんなものです。
M2は上管と下管が一体化されており、その代わりヘッドジョイント部分が外れるのが大きな特徴ですが、今お使いのヘッドジョイントはグラナディラ製ではないですね。
モパネのSです。グラナディラ製のMも持っています。モパネは響きが豊かなことと、しなやかさや軽さのようなものがより出しやすく、そして音量のコントロール性に優れています。グラナディラはそれに比べると引き締まった感覚になりますので、僕はモパネが好きですね。楽器もモパネ製のものがあれば欲しいのですが……。
ヘッドジョイントのSとMの違いは?
Mの方が長いですが、必ずしもピッチが低くなるわけではありません。変わるのは「音程感」です。だからこそリードとのバランスが大切なのです。結局、音程や響きをコントロールするのは吹き手ですから、そのコントロールがやりやすいのが今のセッティングであり、M2という楽器なのです。
最後に、日本でオーボエを吹く皆さんにメッセージをお願いします。
オーボエを勉強するためにはオーボエ吹きの音楽だけでなく、他の音楽もたくさん聴いてください。特に歌を聴くといいです。歌手がどのようにインスピレーションを得て表現しているかを感じることは大いに役に立ちます。またオーケストラで演奏するにあたっては、バロックから現代音楽まで幅広く触れることで得られることはたくさんあります。
何より、オーボエと一緒に希望を持って人生を生きてくださいね(笑)。
※「人生=la vie」
Fabien Thouandファビアン・トゥアン
フランスのメス生まれ。パリ地方音楽院を首席で卒業後、パリ国立高等音楽学校に入学。ジャン=ルイ・カペザリ、ジャック・ティス、ダヴィド・ワルター、フレデリック・タルティに師事し、2000年に満場一致の1位を獲得し卒業。2001年からは同大学院に進みモーリス・ブールグの薫陶を受けた。ジュゼッペ・トマッシーニ・オーボエ国際コンクール、トゥーロン国際音楽コンクール、プラハの春国際音楽コンクールなど数多くのコンクールで受賞している。
その後、国際的なキャリアをスタートさせ、ロンドン交響楽団、バイエルン放送交響楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、ヨーロッパ室内管弦楽団などヨーロッパの名門オーケストラに首席オーボエ奏者として客演している。
2004年ミラノ・スカラ座管弦楽団の首席オーボエ奏者に就任、2022年からはサンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団首席オーボエ奏者に就任。ズヴィッツェラ・イタリアーナ音楽院やリヨン国立音楽学校、ロンドン王立音楽院を経て、現在はローザンヌ音楽院で後進の指導にもあたっている。
【使用楽器:Marigaux Oboe M2】