サクソフォン奏者 坂口大介
大人の留学記

クローバー・サクソフォン・クヮルテット 
バリトンサクソフォン奏者
坂口大介のオランダ留学記【最終回】
- SPECIAL FEATURE BY NONAKA BOEKI -

多くのものを得た二年間のオランダ留学

June 28, 2022

みなさん、こんにちは。
だいぶ時間が空いてしまいましたが、これが最終回。
ここまで「大人の留学記」を読んでいただいた皆さま、ありがとうございました。
僕にとって外国に住むというのは刺激があって楽しい時がある一方で、とても寂しくなる事もたくさんありました。
そんな時、「留学記、読んでます」という声に、だいぶ勇気づけられていました。

そして、今は上空にいます。
オランダから日本に向かう飛行機の中でこの原稿を書いています。

思い出すと色々なことがあったなぁと。
あっという間だった気もするし、だけれども記憶を掘り起こすと数えきれない思い出がよみがえってきて、自分の人生の中で本当に貴重な時間だったと実感しています。
いつも帰りたくてしょうがなかった日本なのに、今は寂しく、この2年間幸せだったなぁと思うのでした。

最終回は留学生活の総まとめ。
大人の留学の良かったこと、大変だったことを思い出の写真と共にまとめさせて頂きます!

最後のスキポール空港
ストが起きていてとても混んでいましたが、出国手続き自体はコロナ前とほとんど変わらないです。

<オランダに来て>

2020年。38歳の9月、これが僕にとってのはじめての海外留学生活、ヨーロッパでの生活でした。
この年はちょうどコロナが始まった年、まだこの伝染病がどういったものかもわかっておらず世界は混乱の真っただ中でした。

そもそも、なぜこの歳になって留学を考えたかというと、
一つには自分がやっている音楽、そして生活への閉塞感をどこかで感じていたからでした。
大学を卒業して十数年。フリーの音楽家として、演奏やレッスンなどの仕事を頂きながら音楽家としての生活を歩んでいたのですが、30代後半を迎え、体力的な問題や未来への不安を感じるようになり、何かしないといけないと思うようになっていました。
音楽の面でも新しい何かを探す必要性を感じていて、自分で自主ライブ、演奏会などを企画するものの、その焦燥感を払拭するには至らず、、
この先の10年を考えた時、これはもう一度リフレッシュして勉強し直すべきだと思うようになったのです。

ハーグの自宅でのフリーインプロのセッション
サックスの彼はルームメイトで作曲家、インプロヴァイザー。
今年のスロベニアのコンクールの課題曲の作曲者でもあります。

ハーグとチェコの交流事業のコンサートの為のリサイタル
中国、イタリア、ポーランド、ギリシャと様々な国の学生によるアンサンブル。
ウクライナ人の学生もおり、当時はちょうど戦争が始まった頃。
コンサートどころじゃない状況だったはずなのに、それを見せずにしっかりと演奏していたのが記憶に残っています。

一方でオランダに来る5年前くらいから、僕は古楽奏者にレッスンを受け、一緒に演奏する経験もあって、それはいつも大変刺激的な体験だったのですが、そのうちに一度しっかりとその音楽を集中して勉強したい。つまり、古楽を習っているうちに、これはしっかり時間を取って勉強したいと思うようになったのです。
例えば、ジャズを勉強しようと思ったら、一度は徹底的にむき合わない限り、どうしようもない。
そのくらいクラシック音楽と古楽には大きな違いがあるし、それを知る人生を体験したくなりました。

オランダだったらモダン楽器であるサクソフォンでも古楽を学べるのではないか?
いざ学校を探す中、古楽からコンテンポラリーまで多くの音楽を自分のやり方で追求しているラーフ・ヘッケマ先生が教えていて、さらに音楽院のコーディネーターとコンタクトを取ったところ柔軟性のある答えをもらえたのもあり、ハーグ王立音楽院に入ることに決めました。

とは言っても、最初からスムーズに古楽を勉強することができたわけではありませんでした。
なぜなら、そんなオランダの学校でさえ、僕のような変わった要望を持った学生は初めてとのこと。
公式にはクラシックの生徒として入学していたので、なかなか簡単には理解されない。

しかし、来てしまったからには引き返せない。
そこからは、一つ一つ切り開いていくしかないと、何もわからない状況ながらなんとかまず取りたい授業を探し、その担当の先生に直談判をし、参加させてもらうことから始めました。
そのうちに、だいたい最初は面倒な対応をされるけど、何度もアプライするうちにどうにでもなるというのがわかってくるのでした。
結局、うまく勉強ができるようになるまで3ヶ月くらいはかかった気がします。
この、「何事もなかなか決まらないが、動いていれば最後にはどうにでもなる。」
これがオランダの適当さであり、懐の広さでもあるんだなぁと感じます。
国民性でいうと沖縄の人たちに近いのかもしれません。
この精神、スピード感は、オランダにいるあいだ僕にとってはとにかくストレスでもあり、日本のきちっとした感じに帰りたいといつも思っていました。
まあ、それでもなんとかなるのがオランダであり、レコーディングをするというのに3日前まで場所を決めなかったり、リハを決めてもすぐにその日に予定を入れられたり、本番があるのに途中でキャンセルされたりと日本だと考えられない事ばかりなのですが、それでも最後にはなんとかなっているのが不思議なところであります。

音楽院での古楽科の学生コンサート
このopen concertには度々参加し、いつもいい勉強になっていました。


ハーグの教会で行なったリサイタル
ガンバ、ハープシコード、バロックヴァイオリンと供に。
みんな若いのに凄腕で音楽にまっすぐで素晴らしいプレイヤー達です。

<大人になって留学したメリット>

大人になっての留学の大きなメリットは、何と言っても自分がやりたい事にフォーカスしやすいことです。

ある程度音楽を知っている上で音楽を学び直すと、そこには余裕も生まれるし、より自由に留学生活を送ることができたと僕は思っています。
例えば20代の頃に来ていたら、あらゆることに余裕がなく、必死に2年間を過ごしていた気がするのです。
コンクールを受けるためにガリガリと練習し、それに集中する。
それはそれで価値のあることで、たくさんの事を学べると思うのですが、そういう時期が一通り終わってから来た今だったからこそ、もっと自由に自分のやりたい音楽を勉強し(僕の場合は古楽)、幅広いコネクションを作り、新しい音楽を楽しむことができのだと思います。

若い留学生を見ていて感じたのは、彼らは少なからずコミュニティの中の競争を意識して過ごしていて、それは当然なんですが、コンクール(ヨーロッパはコンクールがいっぱい!)も試験もあり、常に世界各地から集まった若者が切磋琢磨して過ごすわけです。
それは例えば技術の向上にはとても良い事で、練習好きな日本人(アジア人)にとっては得意分野でもありますね。
しかしデメリットもあって、例えば世の中にたくさんある音楽の中の一握りの種類のレパートリーをみんなが勉強するような風潮にもなっていて、そこには少し疑問も感じたのでした。

僕の場合は、その辺を意識する必要がなく、だからこそサックスで古楽を演奏するという特殊なことにフォーカスできました。
好きなことをやっているから、いつも音楽に貪欲でいられたし、何しろ出会うもの全てが新しい世界だったのでいつも新鮮で、世の中にはこんなにたくさん美しい物があるのだなと、いつも驚きをもってそれらを楽しむ事ができました。
それは中学生の時にはじめて楽器にふれた感覚に近いかもしれません。

ある意味、僕は2年間でテクニック的に進歩したというのは全くないと思っています(毎日楽器をたくさん吹いていたので、多少は上手くなったかもしれませんが)。
ただ、音楽をどう感じるか、耳をどう使うか、新しいものにどうアプローチしていくのか、そして古楽という全く違う音楽への理解、それらは大きく変わったと自覚しています。
僕の先生であるラーフに出会えたことも大いなる助けになりました。
彼自身、テクニックを教える事にはほぼ興味がなく(何しろ彼はスケールなんて練習した事がないというタイプです) 、音楽をどう感じるか、それをどう伝えるかに興味を持っているタイプの演奏家でした。
聴衆がそれを聴いた時にどう感じるか、その音楽の特徴をどうとらえ、どのようにアウトプットするのが一番効果的か、それに関してすごく鋭い感覚と言葉を持っていました。
アナライズし、だけどアカデミックになりすぎるのではなく、何も知らないお客さんが聴いた時に一番その魅力を感じる方法。
彼はそれをいつも追求していて、いつでもシンプルかつ効果的であり、その姿勢からは大きな影響を受けました。

ラーフ・ヘッケマ氏と
reed quintetという形態は彼が発明したアンサンブルで、今、徐々に世界に広まりつつあります。
彼のグループcalefaxは創立35周年を迎える団体で毎年新しいレパートリーを演奏していて、そのレパートリーは200曲以上にもなっていると思います。

音楽がもっと好きになる。
それがとても大きな事で、世の中にやりきれないくらいの素晴らしい音楽があるという事を改めて確認できて、それに取り組んでいける基礎ができたというのは、これからの音楽家人生においてとても大きな収穫でした。

一方で!、大人になってから留学すると大変だったのは友達づくりですね。
ジェネレーションギャップもあるし、喋らないとなかなか友達ができない。
友達ができないから、喋れるようにならないという魔のサイクルにはまります🙃
年齢が言葉の学習スピードに関係あるかは不明ですが、言葉には最後まで苦労していました。

アムステルダムでアルノ・ボーンカンプ氏のレッスンを受けたり、マスタークラスに参加したりもしました。
右はバリトンプロジェクトというセミナーで来ていたハンクさん。
バッハのチェロ組曲を最初に全曲レコーディングした事で有名です。

<古楽を学ぶ>

今、サクソフォンでバロック音楽を演奏することはどんどん盛んになっており、僕の師匠である須川先生は素晴らしいバッハのレコーディングを残していますし、清水靖晃さんのバッハは大好きなCDの1枚です。
最近では日本でも海外でもコンクールの課題にバッハなどが取り上げられることも多くなっています。
そんな中で、古楽奏者がするのと同じように古楽を勉強するサクソフォニストがいてもいいんじゃないか?もし、同じように勉強できたらどうなるのだろう?
この一つの僕の好奇心、そして僕自身を使った大きな実験をしてみようという思いで僕は留学を思い立ったのでした。
そしてその試みは僕にとっては大きな成功でした。
元来、僕は演奏することもそうですが、その過程、学んでいくことそのものに大きな充足感、喜びを得るタイプで、オランダでの勉強は初めてのことだらけ。しかも外国語で。。
困難は本当に!!たくさんありましたが、常に知らないことを吸収していくことはとても楽しい経験でした。

教会で行われた16世紀スペイン音楽のセミナーにて
教会で歌われるこの時代の音楽は本当に美しいです。


学校のプロジェクトでバロックダンスをバロックオーケストラバックで踊る
バロックダンスの授業では学生が演奏しているのをバックに練習したりしていて、とても楽しかったです。

古楽の面白いところは、常に変化がある音楽であるということだと思います。
とても極端に言うと、クラシック、特にロマン派以降の音楽の一つの魅力は大きなフレーズ、美しい音、壮大な構築性であり、一方でバロック音楽ではいかに一つの短い時間にたくさんの変化があるか、その変化を聴かせる音楽だと思います。
“バロック”=“いびつな真珠”という意味もあり、喋る音楽と言われるように変化する音楽の表情が大きな聞かせどころ、演奏者の腕の見せ所になると言えます。
例えば、一つの小節の中の全ての音にヒエラルキーがあり、それは音量だけではなく、音の長さ、タッチ、音色、いろいろな事を使って表現される。
したがって一つの時間内の情報量が格段に多くなり、いかにそれを効果的に、けれども自然に表現できるか、それが演奏の一つのポイントになります。
しかし、古典派以降の音楽とちがって、そこに細かな表情記号はないので、どう演奏をするかを奏者が判断することになります。
その根拠となるのは通奏低音とメロディーの関係性、様々なスタイル(特に舞曲) 、時代背景、ストラクチャー、などなど、、。
これはとてもジャズに似ていると思います。
ジャズもベースラインに基づくコードを聴いて、リズムセクションを感じ、その上で自由に音を紡ぐ。
友達の古楽奏者が言った素敵な言葉があって「ルールがあるからより自由にできる」。
古楽を演奏するためにはとても勉強しないといけないし、経験を得なければできない。
だけれどもそれができた時の演奏の自由度はクラシック音楽よりも大きく、それが古楽の面白さになっていると思います。

古楽を勉強する一つのメリットは、この感覚がクラシックを吹く時にも活きてきて、新しい感覚で音楽をつかめるようになる事だと思います。
低音をより感じられるようになり、音楽のアイデアも豊富になります。

逆にデメリットになってしまうかもしれないのが「いい音」に対してあまり重きを置かなくなることかもしれません。
どう演奏するかにフォーカスするので音に対するこだわりがモダンプレイヤーに比べ薄くなるように思えます。

オランダではこのグループに参加させてもらいツアーをしました


たくさんの小さな教会で演奏したのですが、どこも違った魅力のある場所で思い出に残っています

<留学のメリット>
最後に留学するということ全般のメリットを。
やはり大きいのは勉強だけに集中できる、そして「何ものでもない自分」で勉強できるということ。

仕事をせずにそれだけに集中できる、それはとても大きく、仕事の心配をせずに勉強できるのは本当に幸せな事でした。
「何ものでもない自分」。
日本にいると大学にいる時から、もしかしたら高校生の頃からその楽器のコミュニティを意識して生活しなければならない部分があります。
これは学生生活と卒業後の音楽社会は密接に繋がっていて、それが日本で仕事をするという意味では大きな意味を持つという事情があります。
ほとんどの学生がその事を意識的にも無意識にも感じて勉強しているでしょう。
外国に行くと、それがなくなります。
ヨーロッパが無関心の国である事もありますが、日本から来た留学生はヨーロッパではまだ何者でもなく、だからこそのびのびと生活できる一面があるのです。
実際それが理由でヨーロッパに居続ける人も沢山いるし、それも一つの人生かなと思います。
僕はなんだかんだ日本が好きなので帰りますが(笑)。

もう一つは、やはり全く違う文化にいる事で日本を客観的に見る体験ができることですね。
音楽文化、音楽社会、リハーサルの進め方、プロモーション、コンサートをする場所などなど、全てが違う文化の中で過ごすことで、日本とヨーロッパの違いを直に感じることができ、両方の良いところもそうでないところも知ることができました。
例えば教会で演奏できるということはヨーロッパの音楽のあらゆる面に大きな影響があると思うし、一方で日本の吹奏楽文化のもたらす良いところ、悪いところを感じることができました。
日本人のストイックさ、ラテン系の適当さ、だけれども本番になると演奏を楽しめるキャラクター。
などなど、たくさんの違いを感じることはものの見方を大きく変えてくれます。


ベルギー、ブリュッセルにて
日本人のサクソフォン奏者がたくさんいて、近いので遊びに行ったり、コンサートも開催。
伊藤あさぎさん、清川美穂さん、宮越あつし君、荒木まさひろ君

という事で、大変長くなりましたが僕が今感じる留学生活の二年のまとめでした。
これから日本でバシバシ活動しますので、見かけた際は声をかけてください😊

最後に、僕が留学中に勉強したレパートリー、講義などをPDFで添付します。
もし留学したいという人は参考にしてみてください🐧😊

レパートリーリスト 2020−2022


コンサートのご案内

早速ですが、9月2日に帰国後初のコンサートを開催します。
僕の所属するアンサンブルニュークラシカというグループ、古楽とコンテンポラリーのスペシャリストによる世界でも珍しいフュージョンユニットによるコンサートです。
今回はオランダからリュートのスペシャリスト上田朝子さん、現代曲のアコーディオニストの代表者である大田智美さんを迎え、古楽と新曲の両方を新しい音で楽しんでいただけるコンサートになります。
ぜひ聴きにいらしてください!

2022年9月2日(金)

アンサンブルニュークラシカ 第3回リサイタル
@ルーテル東京教会 〒169-0072東京都新宿区大久保1-14-14
19時開演

全席自由 一般3,500円 学生2,000円

Clarinet 菊地秀夫
Saxophone 坂口大介
Composer 星谷丈生
Cello 山本徹
⭐︎Guest
Accordion 大田智美
Lute( theorbo )上田朝子

星谷丈生 新作初演
・F.Couprein Concerts royaux no.1



チケット sakaguchi0711@gmail.com  坂口まで