ヨシュア・フォルトゥナート氏 来日インタビュー
ローマ歌劇場首席クラリネット奏者 ヨシュア・フォルトゥナート氏。使用楽器についてインタビューを行いました。
- インタビュー・テキスト:今泉晃一
- 会場:ノナカ・アンナホール
今回、日本語でのインタビューと聞いて驚きました。
母が日本人、父がイタリア人です。生まれたのはイタリアですが、すぐに日本に来て母の実家のある大阪に家族で住んでいて、幼稚園までは日本にいました。だからいまだに大阪弁が出ます(笑)。なので、日本からイタリアに戻ったときはイタリア語を全然話せなくて困りました。これまでも数年に1度、夏におばあちゃんたちに会いに大阪に来ていました。だから日本は暑いという思い出しかありません(笑)。寒い季節のことは覚えていないんです。こんなふうにインタビューを受けるのも初めてのことです。
ということで、ヨシュアさんがクラリネットを始めたきっかけからお話しいただけますか。
いいですよ。日本ではピアノを習っていましたが、イタリアに戻ってから地元の吹奏楽団(イタリアでは「バンダ」という)に入りました。イタリアにはこういう「バンダ」はたくさんあって、子どもから大人まで大勢の人が所属しています。最初は地元のバンダであるフィラルモニカ・シェストレーゼのマーチングを見たのがきっかけで、クラリネットの音に惹かれるようになりました。
その後も父が買ってくれたベニー・グッドマンのCDをずっと聴いていましたし、オペラを見たときも「クラリネット、いいなあ」と思いました。演目ははっきりと覚えていないのですが、R.シュトラウスの《ばらの騎士》か、ヴェルディの《椿姫》だったように思います。
7歳のクリスマスには、父がクラリネットをプレゼントしてくれました。中古のセルマーで、吹いたらすぐに音が出たんですよ!ずっとクラリネットの演奏を見たり聴いたりしていたからだと思います。その場で「きらきら星」を吹いたらみんな驚いていました。フィラルモニカ・シェストレーゼに行って吹いたら、またみんなびっくりして「すごい子どもが来たぞ!」と大騒ぎになりました。そのバンダで、人と一緒に吹くことがなんと楽しいことなのかを知り、「一生これをやりたい!」と思うようになりました。
それにしても、子どもの頃からオペラを聴いていたのですね。
イタリアではそういうものです。おばあちゃんは音楽家でもなんでもないですが、僕よりもオペラの台詞とか歌詞を知っていますからね。どのアリアでも暗譜で歌えるくらい!
そもそも、イタリアに主要なプロ・オーケストラは14ありますが、そのうち12は歌劇場のオーケストラなんです。純粋なシンフォニー・オーケストラというとサンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団と、RAI国立交響楽団くらいしかありません。
音楽学校で使うクラリネットのエチュードも、カヴァリーニ《30のカプリス》、マニャーニの《10のエチュード・カプリス》などが中心で、みんなオペラで吹いていたクラリネット吹きが書いたものです。だから、エチュードと言っても歌い方を教えるためのもので、テクニックよりもメロディを本当にきれいに吹くことを目的としたものになっています。
ヨシュアさんが音楽を勉強し始めたのは?
僕の場合は、高校に入ってすぐに、コンセルバトーリオ(音楽院)に入りました。今は制度が変わっているのですが、当時は他の学校と並行して通うことができましたので、高校と両方に行っていました。期間は本来7年ですが、僕は飛び級して4年で卒業してしまいました。
卒業してからはどうしていたのですか。
まだまだ勉強が足りないことがわかっていたので、スイス・チューリッヒ芸術大学の大学院に進みました。そこでは毎日のようにオーケストラや室内楽のコンサートがあり、おかげでレパートリーも大幅に増えました。また、生徒がプロのオーケストラに派遣されて、給料をもらって吹くというプログラムもあり、オペラで吹くこともできて非常によい経験でした。しかし、それでもまだ足りないと感じていました。この感覚は、たぶん一生続くものだと思います。
そして、アレッサンドロ・カルボナーレのもとで勉強することにしたのですね。
最初はマスタークラスでした。そこでストラヴィンスキーの《クラリネットのための3つの小品》を演奏したことを覚えています。私の演奏を聴いたカルボナーレは「この人誰だか知っていますか?メトロノームさんですね」と言って、メトロノームを僕の目の前に置いたんです。そして、メトロノームに合わせて最初からもう一度吹くように言いました。
彼の演奏は非常に自由ですが、その「自由」の根本には、しっかりとした基礎があるんですよ。彼ほど基礎を重視する人はいないと思います。メトロノームを取り出したのも、「しっかりしたテンポがあるからこそ、自由に吹ける」と言いたかったのです。結局、10年以上にわたって彼のレッスンを受けていました。もちろん今でも親交があります。
ヨシュアさんのキャリアは、ストニア国立歌劇場、リヨン国立歌劇、そして場現在のローマ歌劇などオペラがメインですが、いわゆるシンフォニーオーケストラとは違うものですか。
そうですね。オペラでは楽器は劇にキャラクターを与えるために使われています。つまりシーンによってその登場人物の人柄や、感情を表す役割があるのです。オペラではそういう「気持ち」を表すことが一番大切なので、キャラクター性や表現力がなかったらオペラは吹けません。
例えば《椿姫》は年間20回くらい吹きますし、《トスカ》は今年1年で40回くらい演奏します。でも、毎回同じように吹くことはありません。指揮者はもちろんのこと、歌手によっても、その日のお客さんによっても変化します。ときには《トスカ》の有名な〈星は光りぬ〉でクラリネットのソロを吹いていると、それに合わせて客席で歌っている人もいますからね(笑)。
やはりお客さんは地元の方が多いのですか。
観光客もたくさんいますが、やはり「自分たちの街の劇場」という意識です。イタリアでは「劇場」はひとつの文化なのです。今は若い人もたくさん来るようになっています。例えばゲネプロを無料で見られたり、1つの演目のうち1公演は若者だけのために行ない、5ユーロ(900円程度 ※2025年10月現在)で見られるということをしていますので、トレンドになっているんです。
さて楽器の話ですが、最初にクリスマスプレゼントされたのもセルマーだったそうですね。
はい。何というモデルだったか覚えていませんが、中古のセルマーだったことは確かです。その後しばらくは別のメーカーを使っていましたが、2012年のクリスマスに今使っているレシタルをパリで買いました。今度は自分自身でね!
やはりセルマーの魅力は音の美しさと吹いたときの気持ちよさですね。柔らかくて優しくて温かい音で、スタッカートであっても硬い音にならない。一度同僚のセルマー・レシタルを吹かせてもらった瞬間にその魅力にハマってしまい、その場でパリのセルマー社に電話して「ボンジュール、明日行きます」と言いました。プレザンス、プリヴィレッジ、ミューズなど他のモデルも試しましたが、結局レシタルを選びました。
レシタルを選んだ理由は?
他のモデルに比べると管体に厚みがあり、それと内径のバランスが素晴らしいんです。そのおかげで、fで吹いても音が荒れない。pで吹いたときにも存在感のある美しい音を出してくれます。また、オーケストラで吹いたときに木管セクションを全部包み込むような感じになり、音が溶け合って一つになる感覚が強いです。これは他の奏者からも言われることですね。
それから、音にくせがないので、どんなこともできるのです。オペラではときに荒々しい音や激しい音も出さなければいけないのですが、そのような音色も全部使うことができます。でも、そういう音を出すときでも常に美しいんです。どんな場合でも、やはりクラシック音楽を奏でる際の「美しさ」の枠からは外れない。その中で自由自在に音色を使い分けられるのがレシタルだと思います。
マウスピースとリードについて教えてください。
マウスピースはバンドーレンBD5HDです。BD5に比べて重いので、吹いたときによい抵抗感があって、音に深みが出ます。リードはずっとバンドーレンのV.12(3½)を使っています。クラリネットは明確なアタックを付けるのが難しい楽器ですが、V.12はティップがやや厚めなのでそれがやりやすいんです。そしてヒールが高いので、強く吹いても音がつぶれにくい。そこが気に入っている点です。
最後に、クラリネットを演奏するうえで大切なことはどんなことだと考えますか。
「テンポ」「美しい音色」「自由に吹くこと」の3つです。特に最後のことは重要で、みんな「間違わないように吹く」ばかり考えますがそれではダメです。「間違ってはいけない」ということばかり考えると、それ以外何もしなくなってしまいます。そんな演奏はロボットのようなものです。人間はロボットではないから絶対に間違います。それだったら、自由に吹いて「これが好き」「これがやりたい」という気持ちを表現したほうがいいじゃないですか。「クラシック音楽」という枠組みから外れてしまったらいけないけれど、その中にいる分には自由でいいのです。
だから僕もレッスンで「こう吹きなさい」とは絶対に言いません。まず「どう吹きたいですか」と尋ねます。みんな驚いた顔をしますが。何より大切なのは奏者の中にあるもので、自分の気持ち、自分の話、自分の人生を全部、楽器を通して出すことが「演奏する」ということですからね。
Yoshua Fortunatoヨシュア・フォルトゥナート
イタリア・ジェノヴァ生まれ。幼少期を大阪で過ごす。
ジェノヴァのパガニーニ音楽院にてPP・ファンティーニ教授に師事し、チューリッヒ芸術大学ではF・ディ・カソラ教授のもとで修士課程を修了。さらに、ローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミーおよびシエナのキジアーナ音楽院にて、A・カルボナーレ氏による指導プログラムに参加。ヴェルビエ音楽祭やルツェルン音楽祭にも出演し、研鑽を積む。
これまでに、リヨン国立歌劇場(フランス)、オウル・シンフォニア(フィンランド)、エストニア国立オペラなどで第1クラリネット奏者を歴任し、2023年よりローマ歌劇場の首席クラリネット奏者を務めている。
また、ナポリ・サン・カルロ劇場、BBC交響楽団(ロンドン)、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団(ローマ)、ミュージック・コレギウム・ヴィンタートゥール、シチリア交響楽団、トスカーナ管弦楽団、ミラノ・フィルハーモニア・ラフィル、ヴェステロース・シンフォニエッタなど、多くのオーケストラに第1クラリネット奏者として客演している。SELMER Paris、Vandoren公式アーティスト。
【使用楽器】SELMER Paris A/B♭ CLARINET “RECITAL”