アレッサンドロ・カルボナーレ氏 来日インタビュー
2024年2月、東京・神奈川・愛知でのリサイタルのために来日した サンタ・チェチーリア国立管弦楽団 首席クラリネット奏者 アレッサンドロ・カルボナーレ氏。リサイタルの合間に氏の使用楽器についてインタビューを行いました。
- インタビュー・テキスト:今泉晃一
- 通訳:松嶋優美
- 会場:ノナカ・アンナホール
- 取材協力:オーパス・ワン
初めて吹いたレシタルを、そのまま40年間使い続けている
カルボナーレさんとセルマー・パリの出会いは?
僕が17歳のときでした。最初はイタリア製の楽器を使っていたのですが、音が開きすぎる感じがあまり好みではありませんでした。1984年にミラノの吹奏楽団で演奏していた頃、友人がセルマーの楽器を持ってきて、吹かせてくれました。そうしたらまさに「この音が欲しかったんだ!」という音が鳴ったのです。そこで、その楽器を使おうと決めました。
つまり、セルマーの中でもレシタルのみを使い続けてきたのですね。
もちろん、僕はセルマー社のテスターなので全てのモデルを試しましたが、自分にはレシタルが一番合っていると思っています。レシタルは、管体の木の厚みが他のモデルより厚く、そのため外径も2mm太くなっています。重さは感じますが、その分音が軽くなったり開いてしまったりせず、しっかりと保たれるところがいいと思っています。楽に吹ける楽器は、好みではないのです。
カルボナーレさんは96年からセルマーのクラリネットアドバイザーを務めていますが、具体的にはどんなお仕事なのでしょうか。
新しいモデルや、楽器に関するアイディアを提案したり、プロトタイプを試したりするのが、テスターとしての僕の仕事です。例えば、レシタルはとても素晴らしい楽器ですが、やはり管体に厚みがあり重く感じるという人もいます。そこで、レシタルのよさはそのままに、もう少し軽い楽器を提案する、ということもあり得ます。その提案が評価されれば、実際に技術者と協力しながら楽器を作っていくわけです。これはあくまで例え話ですから、本気にしないでくださいね(笑)。
楽器が勝手に鳴るのではなく、常に演奏者の中にある音を鳴らしてくれる
カルボナーレさんのレシタルは、同じ楽器をよい状態のまま40年間吹き続けるために、かなり丁寧に扱ってきたのではないですか。
そんなことはないですよ。ガンガン吹いています。管体も、これまで15回も割れているんですよ。ただ、それは最初の数年間の話です。
僕自身は、木が割れることは楽器にとって悪いことではないと思っています。木というのは切っても生きていますから、動くのが普通なんです。楽器になってから木が自分にとって居心地のいい場所を求めて動いた結果、割れが生じるということ。それが収まればもっとも自然な安定した状態に落ち着くわけですから、もう何をしても大丈夫です。
僕のインスタグラムを見てもらえばわかりますが、プールで演奏しても大丈夫です!他にも踊りながらとか、ジムでベンチプレスをしながら吹いたりもしています。
※いずれも一般的にはお勧めいたしません。
まるでレシタルが体の一部のようです。本当にカルボナーレさんに合っているんですね。
その通りです。今は楽に吹ける楽器が流行っていますが、自分の音を作るためには抵抗感があって丸い音を出してくれることが大切です。レシタルは僕にとって、自分の音を出すためにもっとも適した抵抗感を持っている楽器なのです。もともと自分が持っている音がかなり明るい音なので、それをカバーしてくれて、落ち着いた音が出せる楽器でもあります。高音をfで吹いたときにも柔らかい音のままでいてくれるのも気に入っているところですね。だから、僕と同様にすごく明るい音や開きがちになる音を持っている人に、レシタルは特に合うと思います。
同じレシタルで他の楽器に買い替えることを考えたことは?
自分の奥さんをどうして替えなければならないのでしょう(笑)。他に美しい女性はたくさんいますが、自分がもっとも美しいと思うのはこの楽器なのです。
ではセルマーというメーカーの魅力をどう感じていますか。
世界的なクラリネットメーカーはいくつもあり、それぞれに高いレベルを持っていますから、自分の生徒にも「セルマーにしなさい」ということは一切言いません。「まず全部のモデルを試してみて決めなさい」と言っています。
そんな中でセルマーの楽器の特長と言えば、楽器が勝手に鳴るのではなく、常に演奏者の中にある音を鳴らしてくれるところだと思います。奏者がしっかりコントロールしてあげる必要はありますが、音が勝手に出ていかないということは大事ではないでしょうか。
音楽は、笑顔でやらなければいけない
カルボナーレさんの楽器にはオプションのFレゾナンスキーが付けられているそうですが。
Fレゾナンスキーは低音のFの音程を補正するためのものです。この楽器を手に取ったときから付いていたもので、役立ってくれているのでそのままにしています。ないよりはあった方がいいと思いますが、絶対になくてはならないようなものでもありません。
マウスピースやリガチャーはどんなものをお使いですか。
マウスピースはバンドーレンのB40プロファイルがメインで、BD5を使うこともあります。今回のリサイタルではB40プロファイルを使っています。レシタルとB40プロファイルの組み合わせは、自由度も高く、コントロールしやすいのでお薦めです。
リガチャーは現在、僕の師匠であるブルーノ・リゲティ先生が作ってくれたものを試しに使っています。ロレックスの腕時計のベルトと同じ素材を使っていて、音を響かせるための大きなネジが採用されているのも特徴です。
そもそもリゲティ先生がいなかったら、僕は今頃クラリネットを吹いていないでしょう。実は15歳のときに、1年くらいクラリネットをやめていたことがあるんです。「君の唇はクラリネットに向いていない。他の楽器をやりなさい」と言われて、嫌になって学校に行かなくなってしまいました。あのときはサッカーの試合を見に行っては他のファンと喧嘩するような毎日でした。まさにフーリガンですよ。でもリゲティ先生が「もう一度クラリネットをやりなさい」と言って学校に戻してくれたおかげで、今の自分があるのです。
リードに関しては?
バンドーレンV.12の3 1/2です。これもずっと変わらないですね。
僕はリードで困ったことは一度もありません。僕の書いた『音色のための練習』という教則本には、柔軟なコントロールを容易にするための練習がたくさん載っていますが、アンブシュアに柔軟性があれば、どんなリードでも吹けるようになります。いいリードがなかなか見つからないというのは、アンブシュアが硬くなっているからなんです。
僕の場合、リードは一度に2枚ずつ箱から出します。それ以上あると、リードの個性がわからなくなってしまいますからね。その2枚を1日に15分だけ吹き、湿らせては乾燥させるということを繰り返します。そうするとリードが安定してきますので、次に使うときにその個性を忘れないように、名前を書いておきます。
例えば今日持っているものだと、吹きやすいものに「Libera(自由な)」と付けたり、ヴェニスで吹いたリードに「Venise(ヴェニスの)」のように演奏会を行なった街の名前を付けることもあります。リードを開けた日付を書くこともあります。ああ、「N2」が出てきました。これはニールセンのクラリネット協奏曲を吹いたときのものです。そのとき何枚かいいリードがあったので、「N4」くらいまであるはずです。マーラーの交響曲を吹いた「Mahler」もありますね。「ニールセンに向くリード」とか「マーラー用」という意味ではなく、こうして名前を付けることで、どんな音のリードだったか、思い出せるわけです。昨日日本で吹いたものには――まだ名前を書いていませんでした。Japanの「J」と書いておきましょう。
大事なことは、長い間同じリードを吹き続けないことです。リードの特徴を覚えておいて、それを使いまわしていく。だから1枚のリードが2~3年もつ場合もあります。V.12の3 1/2だと簡単に音が出てしまうものはありませんが、その中でも軟らかいリードは使いません。また、本番に使えないリードで練習することもありません。感覚が鈍ってしまいますからね。いつもいいリードで吹くように心がけています。
ただ、奏者がリードに合わせられる力も必要です。だから、軟らかいもの以外は、僕にとってはほとんどが「使えるリード」なんです。
最後に、日本のクラリネットファンに一言お願いします。
クラリネットを吹くことも音楽を演奏することも、まず「楽しむ」ことが一番大事です。もし「やりたくない」という気持ちが少しでもあるなら、やらない方がいい。音楽は、笑顔でやらなければいけないと思っています。そして、僕のコンサートを聴いたお客さんにも笑顔になってもらいたいのです。
2024年来日リサイタルより
Alessandro Carbonareアレッサンドロ・カルボナーレ
イタリア生まれ。リヨン歌劇場管、フランス国立管を経て、ローマのサンタ・チェチーリア国立管弦楽団の首席奏者。ジュネーヴ、ミュンヘンなどあらゆる国際コンクールで入賞。スイス・ロマンド管、スペイン国立管、ミュンヘン放送管、ベルリン放送響などとソリスト共演。ベルリン・フィル、ニューヨーク・フィルなどへ首席奏者として客演。ムーティ、小澤征爾、デュトワなどと共演。アバド指揮ルツェルン音楽祭における収録(ドイツ・グラモフォン)はレコードアカデミーアワード獲得。ハルモニア・ムンディ、JVC日本ビクターなどに録音、カルボナーレを特集した番組「Notevoli」が話題を呼んだ。L.カヴァコス、ラン・ラン、M.アルゲリッチなどと共演。ベネズエラのエル・システマでも意欲的に活動。サンタ・チェチーリア国立アカデミア、キジアーナ音楽院サマーコース教授。