Interviewインタビュー

山上 貴司 × ベルント・モースマン × 太田 茂

【インタビュー & 文章】今泉 晃一【写真】各務 あゆみ【通訳】高橋 美聡

ベルント・モースマン氏に聞く

まず、ご自身の音楽経験について教えてください。
ベルント・モースマン氏

モースマン音楽を勉強したことは一度もありません。しかしアマチュアとしては、もう50年くらいホルンを吹いています。今も地元ヴァイブリンゲンの吹奏楽団で演奏していますよ。もちろんクラシック音楽は大好きです。シュトゥットガルトの街が近いので、シュトゥットガルト州立歌劇場や放送交響楽団、フィルハーモニー管弦楽団、室内管弦楽団など、素晴らしい演奏を聴ける機会がたくさんあるのがありがたいです。

ファゴットに関しては何年も前に吹き方を習ったことがあり、指使いなどは知っています。ただ、しばらく練習して、やめてしまいました(笑)。だからこそ、多くのプロのファゴット奏者の方々に私たちの楽器を吹いていただき、意見を言ってもらうのです。

キャリアの最初は、お父様の工場で働いたことだということですが。

モースマンまず、ドイツで楽器作りに携わるには、2つの道があります。1つめは大学に行って勉強する方法、もう1つはギムナジウム(日本での中学・高校にあたる)の後に、実際の現場で修業を積む方法(Ausbildung=職業訓練、見習い)です。私は後者で、父の工場で見習いとして働く機会を得ました。父はクラリネット奏者であり、ドイツ式のクラリネットを作っていました。そこで私は、楽器製造の技術を学んだのです。通常、見習いの期間は3年です。私は1972年に職業訓練を始め、1975年に試験を受けて1位で合格しました。

当時ドイツには兵役義務がありましたので、その後15か月間の兵役に出ました。私は軍楽隊に入ることができ、とても楽しい時間を過ごすことができました。

そして1981年にはマイスターの試験を受けました。そのために専門の学校に通い、試験は1年間かかります。それに合格して「マイスター」の資格を取得し、自ら楽器作りを始めることにしました。

ただし自分の工房をゼロから立ち上げるのは非常に大変です。私は楽器メーカーである「Kohlert(コーラート)」を買収することにしました。コーラートはもともとグラスリッツという街を拠点とし、戦前は大規模な木管楽器メーカーとして、あらゆる木管楽器を製造していました。グラスリッツという街はもともと楽器作りが盛んだったところです。当時のコーラートのファゴットは高い評価を得ていました。

しかし戦後はグラスリッツがチェコの領土になったため、コーラートは新たにシュトゥットガルト近郊で楽器作りを始めました。私の父も以前はそこで働いていたのです。しかし戦後の不況で業績は悪化し、別の業種の会社に買収されて、技術者も楽器作りのノウハウも散逸してしまいました。最終的には5名の従業員しか残っていませんでした。

だからこそ、1983年に私はこの会社を買い取ることができたのです。そしてファゴットの専門メーカーとして方向転換を図りました。このときがモースマンの設立です。私が26歳のときでした。

以前の会社が持っていた楽器の材料となるメイプルの木材、工場、楽器製造のための機械や道具、残っていた従業員は引き継ぎましたので、それらを利用しつつ自分のアイディアでファゴットを作り始めたのですが、完成した楽器を最初に試奏してくれたプレイヤーには、「この先まだまだ長くかかりそうだね」と言われたものでした。

実は、それまでの従業員たちの持っていた品質に関しての意識は、あまり高いものではなかったのです。今でこそ、音質や吹奏感をさらに改善していくことに力を注いでいますが、当初は楽器としてきちんと機能するものにしていくだけでもかなりの時間がかかりました。

ファゴットはドイツや日本に強力なライバルが存在します。われわれは新参者でしたが、今ではこれらのメーカーと肩を並べられる存在になったと自負しており、この40年間に成し遂げてきたことには、誇りを持っています。

そもそも、なぜファゴットを作ることを選んだのですか。

モースマンまず、以前コーラートで作っていたドイツ式(エーラー式)クラリネットは、ドイツ国内に市場が限られてしまいます。サクソフォンにしても、フランスや日本のメーカーが主流で、フルートも同じような状況でした。だから、隙間需要のあるファゴットを選んだのです。

もうひとつ大きな理由は、私がファゴットの音が大好きだったからです。さらに、楽器の構造にも興味を引かれ、これを作ることは他のどの楽器よりもチャレンジングに思えたのです。

モースマンさんはどのようなイメージを持ってファゴットを作っていますか。

モースマン美しく、ダークで深みのある響きを目指しています。また、メカニズムは軽く操作でき、奏者への負担の少ないものを目指しています。音程のよさはもちろんのことですが、これはファゴットにはなかなか難しい課題です(笑)。

ただし、音色の好みは国や地域によってかなり異なります。チューニングも違いますよね。例えば日本やドイツではダークな音が好まれますが、フランスやイタリアでは明るい音が好まれますし、アメリカではまた傾向が違います。ですから、それぞれに向けて管体の厚みの異なるモデルを何種類か用意しています。日本、ドイツ向けのものは厚みがあり、フランス、イタリア向けには薄いものになっています。アメリカ向けはそれらとも少し異なっています。日本人のファゴット奏者の中にも、管厚のより薄いものを好む方はいます。

現在のフラッグシップでもある、222シリーズについて教えてください。

モースマン25年くらい前に、それまであった200というモデルに代えて新しいモデルを開発することにしました。よりダークな音色を求めて管厚を厚くし、内径の太さも変えました。仕上げも200で使っていたシェラックではなく、ラッカーを使うようにしました。この部分も、響きに大きな影響を与えるのです。

また、バスジョイントのキーやトーンホールも変更しました。特に低域のD、C、B、Bのキーは、押さなければ常に開いているオープンキーなので、その開き具合が全体の響きに非常に大きな影響を与えるのです。222ではこの部分のトーンホールの大きさや形状を最適になるよう調整することで、よりよい響きが得られるようになり、音の均質性が高まりました。

メカニズムの面では、キーポストとキーロッドが、小さなボールベアリングを介して接している「ボールベアリングピボットシステム」を採用したことが大きな特長です。従来のピボットシステムでは、何千回もキーを操作することでこの部分が摩耗してガタが出てくるものですが、新しいこのシステムではキーロッドの先端に仕込まれたニッケルシルバーのボールベアリングを介して接する構造により、キーノイズが抑えられ、動きがスムーズになるだけでなく、非常に耐久性が高く、メンテナンスも容易になっているのです。

ボールベアリングピボットシステム

ボールベアリングピボットシステム ボールベアリングを搭載したキーロッドにより、なめらかなキーの動きと高い耐久性を実現しています。ロックナットつきのピボットスクリューによるメンテナンスでキーのガタつきやキーノイズも最小限に抑えることができます。

なお222シリーズにはいくつかのバリエーションがあります。メカニズムは同一ですが、管体の厚みとラッカーの厚さを変えることで音色の差を出しています。CLは管厚が厚く、ダークな響きを持っています。Nは、CLをベースに日本向けに最適化されたモデルですね。Eはアメリカ向けで、明るい音色と軽めの響きがします。SCは管厚を薄くし、その分ラッカーを厚くしているものです。

222Nの下には150Nがあり、さらにより求めやすい価格の100N90Nというモデルがあります。これらはどのような位置づけなのでしょうか。
  • 222N 222N

    222N トーンホールの位置や大きさ、ロングジョイントやベル管のボアサイズに新設計が取り入れられたモースマンファゴットの最高峰222シリーズ。もっと詳しく

  • 150N 150N

    150N 充実したキー装備とともに、熟成されたカーリーマウンテンメイプルウッドを厳選使用したハイグレードモデル。もっと詳しく

  • 100N 100N

    100N オーケストラや吹奏楽では使用頻度の少ないキーやトーンホールを省いたモデル。もっと詳しく

  • 90N 90N

    90N トーンホールの位置や大きさ、ロングジョイントやベル管のボアサイズに新設計が取り入れられたモースマンファゴットの最高峰222シリーズ。もっと詳しく

モースマン222Nのように響きがよく、音程がよく、操作性のよい楽器はどうしても高価になってしまいます。また、近年コンパクトな楽器が好まれる傾向が強くなってきています。そこで新たな試みとして、モースマンでもコンパクトで価格を抑えた楽器を開発しました。それが100N、90Nです。

ステューデントモデルとして、響きがよく、音程がよく、操作性もよく、それでいて高価ではない楽器を作ることはわれわれにとって大きなチャレンジでした。プロフェッショナルが使っているような他のファゴットメーカーは、こういうステューデントモデルを作っていないか、別ブランドとしているケースがほとんどです。でもモースマンの楽器は「ステューデントモデル」と名乗ってはいるけれど、音色に関しても音程に関しても、プロフェッショナルモデルと共通するものを持っているのであり、あくまで同じブランドとして、ひとつのイメージで作っています。これは実はジレンマでもあり、チャレンジでもあるのですが、ファゴット界全体のために、こういう優れたステューデントモデルは絶対に必要なものなのです。

なお90Nは100Nに対してAキーやハイEキー、C-Cのトリルキーを省いたモデルで、それ以外は同じです。価格は抑えていますが、どちらも高い品質であることに違いはありません。いい響きはボスニア産マウンテンメイプルといういい材料からくるものです。

一方で、150Nはフラッグシップモデルである222Nと近いものがあります。150Nと222Nは、100N/90Nと違い、ボスニア産カーリーマウンテンメイプルという材料を使っているために響きが違ってくるのです。カーリーマウンテンメイプルという木材の特性上、加工にも手間がかかるため、これだけでコストは大きく跳ね上がってしまいます。150Nを使って音大で勉強することは十分考えられますが、100N/90Nでプロを目指すことは、私としては想定していません。

太田 茂氏 & 山上 貴司氏に聞く

モースマンの楽器についての印象をお聞かせください。
太田 茂氏

太田とてもいい楽器だと思います。まず、音程にそうとうこだわっていますね。そもそもファゴットはそれほど音程のいい楽器ではありません。というのも、オーケストラや吹奏楽の中でハーモニーを作るときには音程の調整が必要になりますので、あえて音程の幅を持たせた作りをしている場合が多いんです。しかしモースマンの楽器は平均律に近い音列を持っているため、プレイヤーがあれこれ操作しなくても音程が決まりやすく、使いやすいということになります。

山上今回あらためて吹いてみましたが、100Nの印象がとてもよかったです。私は手が小さいこともあってキーがなるべくシンプルな方が好きで、ローラーが付いていない方がいい。そういうところも相性がよかったですが、ステューデントモデルとは言え十分いい楽器だと感じました。

太田モースマンさんが自分でファゴットを吹かないということも重要で、その分楽器をいろいろな国に持って行って、非常に多くのプレイヤーに試してもらっています。こうして、世界中のニーズに合わせた楽器を用意できているわけです。メーカーが「これが一番だ」と決めるのではなく、様々なプレイヤーの個性に合わせた楽器が用意されているわけです。

モースマンができて40年ということですが、ファゴットの傾向はどう変化してきているのでしょうか。

太田モースマンに限りませんが、ファゴットがただ合わせるだけの楽器ではなく、よりソリスティックになっているのは事実です。

山上プレイヤーの意識もだいぶ変わりましたね。コンクールなどで若い人の演奏を聴いても、僕らの世代とは隔世の感があるくらいのソロを吹きますよ。ただし、ソリスティックな傾向があるとは言っても、主体となるのはやはりオーケストラの曲ですから、オーケストラで今までと同じようなこともできなければならない。そう考えたときに、モースマンの強みはやはり音色ですね。

山上 貴司氏

太田彼の目指している「ダークな音」が重要になります。

山上そういう音色を持つ楽器は、ハーモニーを作るときに溶け合いやすく、低音楽器として支えやすいということにつながりますから。

太田モースマンの楽器が持っている「吹きやすさ」というものも、今は多くのメーカーが目指しているものです。

山上特に100N/90Nあたりの入門モデルは非常に使いやすいので、もっともっと多くの人に使われるようになるといいですね。

太田裾野を広げるという意味で、このあたりのモデルは重要ですよ。私も、お弟子さんたちのために選ぶことが多いです。音大を目指す子には90Nだとキーがちょっと足りないのですが、100Nでしたら普通に使えるレベルです。モースマンさんはもっと上のモデルを使ってほしいみたいですが(笑)。

ベルント・モースマン
ベルント・モースマンBernd Moosmann

15歳より父親のもとで木管楽器製作を学び、18歳でドイツ職人パフォーマンスコンクールにて1位を獲得。その後マイスターの資格を取得し、自らの楽器製作を始める。1983年に老舗木管楽器メーカーKohlert社を買収し、クロイル社と共にKreul & Moosmann社を設立。1987年には社長に就任しBernd Moosmann社へ。現在でも熟練マイスター達と共にファゴットの開発・製造を行っている。

太田 茂
太田 茂Shigeru Ohta

東京藝術大学卒業。オーストリア給費留学生、アンコーナ国際音楽コンクール入賞。ウィーン国立音楽大学を教授全員一致の最優秀で卒業、オーストリア最優秀文部大臣賞受賞。ウィーン九重奏団、コントラステ室内合奏団、東京シティフィル、新日本フィルのファゴット奏者を歴任し、現在は独奏ファゴット演奏家として「輝かしいファゴット奏者!(ウィーン新聞)」と絶賛されたウィーン楽友協会でのリサイタルをはじめ、欧州・中国・米国など海外公演でも高評を得ている。元尚美学園非常勤講師。元昭和音楽大学教授、現在同大非常勤講師。日本ファゴット(バスーン)協会理事。

山上 貴司
山上 貴司Takashi Yamakami

東京藝術大学音楽学部卒業。同大学院修了。ファゴットを霧生吉秀、三田平八郎、アルベルト・ヘニゲの各氏に師事。元、東京都立芸術高校、東京都立総合芸術高校音楽科、長野県小諸高校音楽科、日本電子専門学校音響芸術科講師。国際ダブルリード協会カンファレンス2015年東京開催実行委員長。現在、日本ファゴット(バスーン)協会副会長、国際ダブルリード協会会員、アジアダブルリード協会副会長、ミュージックスクール「ダ・カーポ」講師。

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