バックの歴史Bach history
Vincent Bach Story
- 1890Vincenz Schrottenbach 誕生
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ヴィンツェンツ・ハインリヒ・シュロッテンバッハ Vincenz Heinrich Schrottenbach は、1890年3月24日にオーストリアのウィーン近郊Baden bei Wienで生まれました。
- 1897初めてのトランペットを手にいれる
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7歳のとき、兄弟とともに変ホ長調のクラリオン(ナチュラルトランペット)を手に入れ、すぐにその音色に魅了されました。
- 1904コルネットを学び始める
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14歳の時、「ヨーロッパで最も偉大なトランペット奏者の一人」と評されていたウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の首席トランペット奏者ゲオルク・シュテルワーゲンに師事しました。
- 1905 - 1911機械工学学校に進む
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15歳のとき、日々の節約、家族の援助、身の回りのものを販売することで、ロータリートランペットを手に入れました。ウィーンの機械工学学校で物理学、音響学、化学、機械設計、力学、機械製図を学び、兵役により、卒業後オーストリア海軍に入隊しました。
- 1912 - 1913Scarborough Band(England)のソリスト
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兵役を終えると、コルネットのソリストとして演奏活動を行いました。オーストリア、ドイツ、イギリス各地でリサイタルを行うなど人気を博しましたが、第一次世界大戦勃発による徴兵があり音楽活動が断たれることになりました。
- 1914戦禍を逃れアメリカ合衆国に
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第一次世界大戦が拡大を続けるなか、1914年9月、客船ルシタニア号でアメリカへ渡航しました(翌年、同船はドイツ軍Uボートにより撃沈)。オーストリア国籍のため当初乗船を拒否されましたが、スウェーデン人「ピーターソン」と名乗って乗船が叶い、わずか5ドルを持ってニューヨークに到着。その後「ヴィンセント・バック」を名乗るようになりました。
- 1914 - 1915ボストン交響楽団副首席トランペット奏者
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ニューヨークで劇場(ボードビル)でのトランペット奏者を務めながら、ボストン交響楽団のオーディションに合格し、副首席トランペット奏者を務めました。
- 1915 - 1917メトロポリタン歌劇場管弦楽団
首席トランペット奏者 -
ニューヨークに戻り、メトロポリタン歌劇場管弦楽団およびMETオーケストラの首席トランペット奏者を務めました。地方巡業中に愛用のマウスピースをリペアマンに損傷され、代替品の入手に苦労する経験をしました。
- 1917アメリカ陸軍に徴兵
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アメリカも第一次世界大戦に参戦することになり、1917年米陸軍に入隊。1918年の終戦まで軍曹兼楽団長として、ニューヨーク州ロングアイランドのキャンプ・アップトンに駐屯する第77師団第306野戦砲兵連隊の楽隊を率いました。
- 1918ニューヨークEast 85th Street工場
マウスピース製作の始まり -
軍務終了後、ニューヨークの各劇場でソリストとして活動するいっぽう、既存のマウスピースに不満を持ち、自分自身で作ることを試み始めました。ニューヨークのイースト85番街に小さなスペースを借り、自分のニーズに合ったマウスピースを作りました。同僚の音楽家たちがバックの演奏で高音『ハイF』を悉くヒットさせるのを聞き、バックが使っているマウスピースに興味を持ち、自分も欲しいと思いました。バックが使い・作るマウスピースは急速に人気を博し、高値で取引されました。
- 1920『The Art of Trumpet Playing』が出版される
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『The Art of Trumpet Playing・トランペット演奏の技法』は1916年に初版され、何度も重版された金管楽器教則本です。アンブシュアや呼吸法、アーティキュレーション、音楽表現など、バックが金管楽器演奏の知見を総合的にまとめた佳作で、現在の教育や演奏に大きな影響を与えています。
- 1922 - 1928ニューヨーク237 East 41st Street工場
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カスタムマウスピースの需要拡大に伴い、1922年にニューヨークEast41番街237番地のより大きな工場に生産拠点を移し、この場所でトランペットとコルネットの研究と設計を始めました。
- 1924 - 1927バックトランペットの誕生
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マウスピースの成功を受け、1924年からトランペット製作ライン創りを始めました。バックの持っていた工学的知識と、金管楽器奏者・指導者として得た洞察が大いに役立つこととなりました。1925年に初のバックトランペット「The Stradivarius Model 1」を販売しました。この成功がバックトランペットの名声を確立することになりました。この今日に至るバック・ストラディバリウスシリーズはトランペットで最も尊敬される名称になっています。
- 1926 - 1927バックトランペットの成長
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バック・ストラディバリウス・トランペットは、精緻な設計と細部へのこだわりで、豊かで響きのある音色と正確な音程を持つ新しい金管楽器の基準を打ち立てることになりました。
- 1928ニューヨーク Bronx工場
バックトロンボーンの誕生 -
バックマウスピースや金管楽器の需要の増加に応えるため、1928年にニューヨーク・ブロンクスのEast216番街621番地にあるより大きな工場に移転しました。ここでトロンボーンの製造を始め、製品ラインを拡大、金管楽器業界での革新者としての評価を確立しました。
- 1929 - 1940ニューヨーク Mount Vernon
バック 確固たる地位 -
バックのトランペットとトロンボーンは、瞬く間に金管楽器界の金字塔となり、ニューヨーク・フィルハーモニックやボストン交響楽団などの著名な音楽家たちに支持されました。バックの楽器は交響楽団から映画音楽、ポピュラー音楽、ジャズに至るまであらゆるジャンルで瞬く間に受け入れられ、評判を確固たるものにしました。
- 1953ニューヨーク Mount Vernon工場
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最新設備を備えたニューヨーク州マウントヴァーノンの工場に移転。トランペットとトロンボーンにバック・マウントヴァーノンという伝説が生まれました。
- 1961バックがH. & A. Selmer, Incに
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1961年バック71歳の時、自身の会社を譲る決断を下しました。より高額なオファーも含め12件のオファーを受けたなかで、バックはH.&A.セルマー社(現在のコーン・セルマー社)に売却することを選びました。長年にわたるセルマーとの密接な関係が、セルマーこそがバックの卓越した伝統を尊重し、築いた基盤をさらに発展させると確信させました。マウントヴァーノンでの業務はさらに2年ほど続けられ、バックは1963年まで社長を務めました。
- 1964インディアナ州Elkhartに移転
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1964年に、すべての工具と機械はマウントヴァーノンからインディアナ州エルクハートのセルマーUSA社の工場に移され、バック自身が新工場への移行と生産の訓練を支援しました。彼は1976年に亡くなるまで同社のコンサルタントとして勤務し続け、頻繁に工場を訪れて指導を行い、管楽器生産の聖地であるエルクハートにバックブランドの品質を確立しました。
- 1970セルマーUSA社の新工場
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セルマーUSA社はエルクハート500 Industrial ParkwayのC.G.Conn社の工場を買収し、バック専用の生産拠点としました。この工場で現在もヴィンセント・バックのオリジナルデザインに基づいた楽器が製造され続けており、革新のレガシーを尊重しながら、最高水準のクラフトマンシップを守っています。
- 1976ヴィンセント・バック逝去
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ヴィンセント・バックは1976年1月8日に亡くなるが、彼の革新的な設計と高い職人技へのこだわりは、今日も金管楽器の世界に影響を与え続けています。
- 1977 - 現在
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バック独自の音色は、クラシックやオペラ、ジャズ、ポップス、映画音楽、マーチングバンドとあらゆるジャンルで垣根を超え幅広く使用されています。今日もインディアナ州エルクハートの工場で、優れた音色と高度な操作性を備えた楽器がバックの魂を伝えるため職人たちの手作りで製作されています。
- 1925 - 2025バック・トランペット100周年
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2025年は、バック・トランペットの販売開始から100年にあたります。最初のトランペットは、1925年にヴィンセント・バックによって販売されました。
野中貿易ではアメリカから到着した楽器を1本1本丁寧に検品し、より高い品質の状態に調整して、お手元にお届けしています。
- バック製造元
- Conn-Selmer. Inc.
- バック輸入総代理店
- 野中貿易株式会社