歴史

1980〜
1980
ジェラール・バディーニが初のジャズ・テスターとなる。
1981
「スーパーアクション80」を発表。
ミラ通りの工場を閉鎖し、金管製造部門をマンテに移す。

1982
ジャック・セルマーの息子ジェローム・セルマーが入社。
1984
ギー・ダンガンの助言によって開発された「レシタル」クラリネットを発表。
1985
モーリス・アンドレの後任としてギー・トゥーヴロンがトランペットのアドヴァイザーとなる。
1986
「スーパーアクション80シリーズII」アルト及びテナー・サクソフォンを発表。

1987
ジャン・セルマーが引退。
1989
ミシェル・ヌオーの後任として、パリ音楽院サクソフォン科教授のクロード・ドゥラングルがアドヴァイザーとなる。
1990
リヨン音楽院クラリネット科教授のジャック・ディドナートがアドヴァイザーに加わる。
「シリーズ1100」及び「シリーズ1200」テナー・トロンボーンを発表。
1993
「プロローグ」及び「10SII」を発表。
イタリアのペーザロで開催された第10回世界サクソフォン・コングレスで「スーパーアクション80シリーズIII」ソプラノ・サクソフォンを発表。
1993年7月19日に製造された50万本目のサクソフォン「スーパーアクション・シリーズII」アルト(ゴールド・プレート、彫刻付き)を極東総代理店の野中貿易に贈呈。
アメリカ合衆国大統領ビル・クリントンが愛用するセルマー・サクソフォンを手にホワイトハウスに入る。
将来のマンテ工場拡張のため、さらに3,500m2の土地を入手。
1994
バス・クラリネットを従来の「23」(ローE)、「25」(ローC)から、それぞれ「23II」「25II」にグレードアップ。
マンテ工場の製造品目と原価管理にもコンピュータ・システムを導入。
1995
Bトランペット「コーラス/80J」を発表。
「SA80/シリーズIII」に替わり「シリーズIII」ソプラノ・サクソフォンを発表。
1996
アレッサンドロ・カルボナーレがクラリネットのアドヴァイザーとなる。
1997
フィリップ・アノンがバッソンのアドヴァイザーとなる。
「シリーズIII」テナー・サクソフォンを発表。
1998
ジョージ・セルマーとジャック・セルマーが引退し、セルマー・パリ社はパトリック・セルマー(社長)、ブリジット・デュポン-セルマー(副社長)、ジェローム・セルマー(総支配人)の第4世代に引き継がれる。ポール・ルフェーヴルの息子フィリップ・ルフェーヴルが、品質管理部長として入社。
3,000m2の新工場が新設され、マンテ工場は現在20,000m2以上の広さにまで拡張された。
ジャック・ディドナートとの協力により開発された「シグネチャー」クラリネットを発表。
1999
「シリーズIII」アルト・サクソフォンを発表。
フィリップ・アノンの協力により開発した「53M」バッソンを発表。
「スーパーセッション」ソプラノ・サクソフォン用マウスピースと「CP100」クラリネット用マウスピースを発表。
2000
ラ・シガール劇場で第1回「セルマー&フレンズ」コンサートを開催。
ゴールド・プレート・キーの「シグネチャー」クラリネット、そしてサンドブラスト・シルバー・プレート仕上げの「シリーズIII」アルトと「コーラス80J」トランペットを、2000年限定モデルとして発売。
2001
「リファレンス」テナー・サクソフォンと「コンセプト」トランペットおよびフリューゲルホルンの開発に着手。
クラリネットを取り上げた第2回「セルマー&フレンズ」コンサートを開催。
2002
B及びAクラリネット「オデッセイ」「アルティス」を発表。
ニュー・エディションの「ソロイスト」マウスピースを発表。
本社の修理部門を改修。
2003
「リファレンス」アルト・サクソフォンを発表。
吹奏楽用楽器シリーズ「プロ・ライン」の開発に着手。
マンテ工場を一般に開放する「オープン・デイ」を初めて実施。
マンテ工場の製造部門と企画部門でコンピュータ制御システムを導入。
2004
セルマー・クラリネット製造100周年にあたり、記念モデルの「サンルイ」を発表。
バス・クラリネットの「プリヴィレッジ」を発表。
フォンテーヌ・オウ・ロワの本社にショールームとコンサートホールを開設。
2005
創立120周年記念の第3回「セルマー&フレンズ」コンサートをオリンピア劇場で開催。
2006
「アルテア」クラリネットを発表。
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