メメットの歴史

Mehmet Tamdeger(メメット・タンデガー)は1950年、僅か9歳の時に、伝説のシンバルマスターKerope Zilcan(ケロップ・ジルジャン)の孫であるMikhail Zilcan(ミカエル・ジルジャン)からシンバル作りを学び、ミカエルは彼に17世紀始めまで遡る歴史に基づいたトルコの古代芸術の全てを教えました。

1977年にミカエルが工房を閉じた後試行錯誤をしながらシンバル製作を始め1980年にかつての同僚であつたAgop (アゴップ)氏と共にシンバル工房を立ち上げ、1984年に輸出拡大を機にイスタンブールというブランドを採用、昔から質の高いシンバルの都と言われて続けている街、イスタンブールに由来して社名としました。彼らのシンバルは一番初め、1984年にアメリカに輸出されました。

当時は二人ともそれぞれが作ったシンバルにサインをし、今ではサイン入りの作品はコレクターズ・アイテムになっています。1996年にAgop Tomurcuk(アゴップ・トムルジュク)が急死した後、Mehmetは自分の名前、Istanbul Mehmet(イスタンブール・メメット)という会社名でシンバルを作り続けることにしました。

彼のハンドメイドシンバルに対するこだわりは変わっていません。
機械に耳はありません。だから、Istsnbul Mehmetでは昔ながらの伝統に沿ってシンバルを作り続けています。現在と未来に作られる音楽に眼を向けながら…